2011年7月23日 (土)

富士登山競走 完走!

体調不良やら震災やらあって、長いことアップできていなかったのですが、表題のとおりの結果をだすことができました。このブログのテーマ完結ということでアップさせていただきます。富士登山競走を目指す、すべてのランナーの皆様の今後の健闘を祈念いたします。

2011722日午前1050分過ぎ。富士山本八合関門直後。左足の太もも下部、両足のふくらはぎがつってロック状態。時間的には頂上ゴールの制限時間に間に合うようなのだが、この足の状態では、間に合うのか。しかし、ここまで来て、終わりはないよな…。来年また、市役所から走るのか…。

ウェストポーチから水を取出し、両足にかける。よし、なんとか歩ける。あと30分。何とか持ちこたえてくれ…。

64回富士登山競走。制限時間を約5分残して完走した。台風による中止や5合目打ち切りを懸念していたが、絶好の天候での開催となった。6年越し、5回目の挑戦で、なんとか完走できたことに感動している。

今回、必ずしも十分な練習ができているとは言えなかった。46月の走行距離は200キロ前後と目標250キロには程遠かった。例年、練習に行っていた、高尾山や足柄峠にも行けなかった。スピード練習も2度の10キロレース程度。そのうち、1回は4キロぐらいで切れて後はジョグってしまった。

プラス面は、スポーツセンターのトレッドミルで坂道を走る練習をしたことぐらいか。馬返しまでをイメージして、少しづつ傾斜を上げて10キロ強走る練習を5~6回。ついでに、適当な筋トレ。昼休みに会社の階段登り10階分程度を約2か月。

現地試走2回。市役所~7合目。佐藤小屋~頂上。いずれも、タイムは昨年同様。どうも進歩がない。今年も8合目リタイアか…。

試走の下りの際に気が付いたのだが、登りは苦しくとも、下りになると体が動く。フルマラソンの全力疾走と比較して、基本「歩き」のこのレースは、まだまだ、限界を絞り出す余地があるのかもしれない。所詮、もう体を鍛えるのは限界がある。今年は気合で行くしかない。この1キロ、この100m、この1合を先々考えず、突っ込んで行くしかない。モーチベーションを維持するためには、完走できる時間帯を維持する必要がある。最初から突っ込んで行くしかないな。今年は、気力勝負。死んでもいいから、突っ込んで行こう。

いつものように、前日夜、富士吉田に入る。今回は、少し離れた温泉宿に前泊。2段ベッド、3人部屋。風呂は温泉のようだが、あまりきれいとは言えない。ただ、ベッドは体に合ってよく眠れた。しかし、涼しい。Tシャツだと寒いくらい。明日も涼しいらしい。

午前5時半頃、宿の車で市役所まで送ってもらう。予想通り、涼しい朝。気温15度ぐらいか。まさに天佑というべき天候。頂上完走の千載一遇の機会だ。逆に言うと、言い訳は出来ない。自分のランニング人生の集大成になるような気がした。

産業会館の3階で着替える。いつも、ここはガラガラで、トイレも比較的空いている。外に出るとやや寒いので、ウィンドブレーカーを羽織る。いつもの大会前の風景。

開会式で、富士山頂のコンディションが紹介されていた。「快晴、気温10度、無風」。

恒例の、エイエイオーをやってスタート。Bブロックスタートのロスタイムは50秒程度。

1キロは、ロスタイムを除いて、5分程度。やや早いがまあ、こんなものか。早い集団なのだろう。どんどん抜かしていくランナーが多い。

3合目の富士浅間神社前で、有名な「歩荷の部」を一人で主催している人物を発見。今年も大きな荷物を背負っている。いつものように挨拶してパス。いい笑顔で応えてくれる。よし、俺も笑いながら走ろう。

4キロ地点ぐらいからいつも最初のピークが来る。確かに苦しいが、いつもよりはまし。十分に疲れがとれていて、体調は万全のようだ。

中の茶屋までの最後1キロは、いつものようにきつかったが、41分切って通過。順調。

馬返しまではいつものように心の中で葛藤が生じる。後半は急激に坂がきつくなって、歩きたい誘惑に駆られる。しかし、ここで歩いたらすべてが終わってしまう。会社の階段やトレッドミルを思い出しながら走る。勝負脳だ、笑顔、リラックス。家族や友達を思い出しながら走る。

ええ加減、きっついなあと思っていると、「馬返しまで後300m」の声。よし、もう少し。馬返しのタイムは1時間4分程度。いまだかって無いほどの速いタイムだ。

馬返しは地震で石碑が倒れたりした関係で、迂回路が設定されている。給水所を過ぎて、登りに入る。

1合目を過ぎ、登山道が狭くなると渋滞してきた。参加資格が、5合目2時間30分と決まった昨年から、参加者のレベルが上がって、このあたりの上位集団でも渋滞するようになってきたようだ。しかし、動いているときのペースは速い。どんどん、後ろからパスしていく人も多い。いつも時間がかかる2.5合目までのタイムが気になるが、少しふくらはぎがピキピキしてきている。若干小走りになったところで、転倒。両足ふくらはぎが軽くつっているが、しばらくすると大丈夫になって、歩き出す。尻やハムストリングスの大きな筋肉を使え、という岩本先生の本を思い出す。

まだ、十分時間はある。ここを耐えながら進むのだ。

2.5合で1時間31分程度。設定タイムとほぼイーブン。まだまだ行ける。

3合目ぐらいからは、フラットなところが増える。レベルが高い層なのだろう。みんな走る。流れに乗って走っていける。大黒迄に稼いだタイムを4合目で若干吐き出したが、順調に

通過。5合目の佐藤小屋前の坂道で大渋滞。止まっている間に、ゼリーと塩とアミノバイタルを摂取。

5合目で、2時間7分。ウェストポーチから空のペットボトルを取出し、水を入れてもらう。

大丈夫。まだまだ体は動いている。足にはかなりきているが…。

案の定、5合目上のブッシュ地帯は渋滞が激しい。無理やりパスするようなパワーが出てこないのが悔しい。しかし、それほど時間はロスしていない。砂礫を登って6合目迄18分。想定の範囲だ。この後だらだらと7合目迄、砂礫が続く。去年はここで相当ロスして、くずれてしまった。後20分、頑張ろうと体を動かす。

7合目花小屋まで、22分。やや遅いが5合目から40分はまず合格。ここまで、2時間47分は計画比マイナス1分。本8合目迄の想定タイムは1時間6分。ぎりぎりだが、まだ間に合うはず。

8合目までの想定タイムスケジュールと結果は以下のとおり。

鳥居荘迄:想定16分 主として岩場    結果15分半

蓬莱館迄:想定18分 岩場+砂礫     結果20分半

元祖室迄:想定20分 砂礫        結果16

本八合目迄:想定12分 砂礫       結果11

と、書いてみるとアッという間なのだが、例えば、元祖室から本8合目にしても、見上げると、はるか上の方にあって、とても10分やそこらでたどりつけないように思える。でも、歩いてみるとそのとおりになっているので、タイムスケジュールを頭に入れているのは重要だとあらためて思った。

岩場では何度か、ふくらはぎがつりそうになった。だましだまし、なるべく、ふくらはぎに負担がかからないように、足を延ばして、太ももや尻の筋肉をつかって歩けるルートを選んだ。

なんどか、フラっと来ることもある。酸欠か。鼻から一気に空気を吸い込んで、肺に回す。岩場で渋滞すると、ときおり、「頂上行くぞ」「オー」みたいな掛け声が上がるのが楽しい。子どもの登山者が「ガンバレー」と黄色い声で応援してくれて和む。

岩場から砂礫に出ると明らかに足が疲れていて、思うように歩けない。周りも同様らしく、集団の動き自体がゆっくりしてきているのがわかる。たぶん、このペースでは脱落していくのではと思ったので、なるべく、頑張ってパスしながら歩く。元祖室迄のパートで時間が稼げたのはこういう意識があったからだと思う。

8合の手前で、すぐそばのおじさんランナーが「あと、3分で本八合につければ、残り40分ある。余裕だ。」とつぶやいていた。そうか、そこまで来ているのか。

しかし、このあたりで左足膝上と両ふくらはぎの筋肉は限界に来ていた。やっぱり、最後は筋力なのか。このレースは…。

しかし、ここでやめるわけにはいかない。本8合目通過3時間51分。関門では「頂上まで後35分。大丈夫完走できる」と声掛けしている。この足で35分で行けるかどうか?しかし、行ってみるしかない。

谷川真理が「足つってもそのまま走ってしまう」と本に書いてあったのを思い出す。屈伸をして歩き出す。サイボーグのようだ。たまりかねて、足に水をかける。少しましだ。よし歩こう。

間に合わないかもしれないという強迫観念が体を動かしていた。少しでも上に行こうと、足場の良いところを選んで足をおく。フラフラのランナーや登山者をパスして歩く。

何とか、久須志神社の鳥居に到着。残り時間18分ぐらい。頂上の鳥居も見えるが、まだまだ上のようだ。ランナーが登山道を埋めている。

ここから頂上まで十数分のはず。十分間に合うはずだが、この足だ。渋滞もしている。本当に間に合うのか?頂上直前でタイムアップだけは避けたい。幸い心肺は全然大丈夫だった。全身疲労的な状態にも無い。最後のひと頑張りをするしかない。

意識して、足を動かす。しかし、足つって動けなくなっても困るので、慎重に足を運ぶ。最後の岩場を登る。さすがに息が上がる。

右へターンして正面に鳥居が見えた。応援の人が「あと50メートル。まだ6分ある。大丈夫間に合うよ。」。

ランナーで渋滞していてゆっくりしか進めない。しかし、もう大丈夫なようだ。ついに頂上に到達するのだ。時間内に…。

思ったより平常心だなとおもっていたが、鳥居の下の石段、かなり急な石段で、試走の時に「最後にこの石段登るのはきっときついんだろうなあ」と思った石段を上っていると、不意に涙があふれてきた。顔がくしゃくしゃになるのがわかって、腰につるしていた手拭いで顔を覆った。左折するとゴールの青いシートが見える。「ゴールです。最後は笑顔でゴールしましょう。」のアナウンス。よし、ゴールだ。笑顔で右手を突き上げてゴールした。

茶店の縁台に座り込む。何とも言えない感動があふれてきていた。快晴、空は真っ青だ。風もなく、見下ろすと山中湖が見える。

とにかく祝杯だ。600円の缶ビールを買う。何となくまた涙があふれてきて、ビールの銘柄が言えない。縁台に座りなおしてビールを味わった。

よし、よくやった。しばらく何もしなくていい。そんな気分だった。

感動に浸っているうちに12時を過ぎてしまった。市役所までのバスの最終が1時半なので、急いでくだらないと。遅れをとったので、下山道はがらがらだった。

7合目のトイレで並んでいると、雑誌でよく見る有名なF氏が後ろに並んでいた。5回目で初完走だというと握手してくれた。次のレースを相談すると、プロデュースされている魚沼マラソンや富士山麓トレイルランを紹介してくれた。

市役所で再度ビールを飲み、吉田うどんやおにぎりを食べたり、簡易シャワーを浴びたりゆっくりしていた。表彰式が終わるとランナーが急に減って、がらんとしてきた市役所を後にする。6年にわたって通ってきたこの場所に、もう来ることはないかもしれないなと思うと少しさびしい気がした。

富士山、富士吉田市、大会関係者の皆さん、本当にありがとう!

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2011年2月 6日 (日)

ブログ再開 故障の憂鬱と割り切り

ブログ再開。

つくばマラソン以降、断続的に足の甲に痛みが出た。

治って、よし週末走るぞと思ったとたんに、また痛む。を繰り返していた。

仕事が忙しいのもあって、12月90キロ、1月130キロ程度と、走行距離をのばせていない。

次回のマラソン、板橋まで既に2ヶ月をきったが、この体たらく。

今週末も、右足が痛かったのだが、思い切って走ってみると、思いのほか走れた。

ひょっとすると、今までも、こういうことだったのかも知れない。

正月以来、スクワット等筋トレはやっていたので、まあ、体はなんとかなりそうだ。

今月がんばって、走行距離を延ばそう。

スピード練習はほとんどできていないのも心配だが、すこしづつ試してみよう。

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2010年12月 4日 (土)

つくばマラソン~そこそこと考えるべきか・・・

レース1週間前の右足痛により、ぶっつけ本番のつくばマラソン。

3時間50分26秒での完走だった。

質量ともに現状の練習内容では、こんなものかという感じではあった。

5キロ毎ラップは

5キロ  29.23(含むトイレ、靴紐調整)

10キロ 26.25  55.48

15キロ 25.29  1.21.17

20キロ 26.00  1.47.17

25キロ 26.28  2.13.45

30キロ 26.29  2.40.14

35キロ 28.43  3.09.06

40キロ 28.37  3.37.33

ゴール迄 11.43  3.50.26

今回は、スタート直後から体が重くなかなかスピードに乗れなかった。ほぐれてきた10キロ以降、ややチャージをかけたつもりだったが、それほど早くは走れず。

30キロ以降はずるずる崩れ、35キロ以降は、走り続けるのがせいいっぱいになった。

とくに、筑波大に戻ってからの折り返し往復はつらかった。

コースはほぼ平坦。往路、かなり下っていると感じたのだが、復路も下っているような気がしたので、やっぱり平坦なのだろう。

途中、復路で言うと35キロ過ぎと40キロ過ぎに短いが急なのぼりがあり、結構きつかった。

天気は晴れ。気温がひょっとすると20度程度まで上がったようだが、空気が乾燥していたせいかそれほど暑さは感じなかった。

1週間前から痛み出した足は、レース2日前には完全に痛みがなくなった。本番中も特に支障なかったが、レース後、昨日金曜日になって、再度痛みが出てきている。

次のレースは3月の荒川マラソン。2月にハーフぐらい走ろうかなと大会探しているところ。

そろそろ、気合をいれて練習をしないとな。足、治ったら。

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2010年11月23日 (火)

つくばへ・・・右足痛いい・・

ようやく、練習も調子にのってきたなと思いつつ、つくばへ最終週の調整・・・。

と、思っていたら、土曜日から右足甲が痛くなってきた。

しょうがない、休めということかと、練習は休みに。

しかし、結婚式やつくばに向けての買い物に出かけているうちに、歩くのもつらくなってきた。

月曜日は、ついにタクシー通勤。

午後から、医者に痛み止めをもらいに。

まいった。

まあ、突然、足が痛くなるのはよくあることだし、けろっと治ったりすることもあるし、しょうがないな。

やや、ぶっつけ本番気味だが、しかたない。

気持ちを切らさずに、走ってくることにしよう。

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2010年11月14日 (日)

30キロ送&不完全なビルドアップ

つくばマラソン2週間前にして、なんとか30キロ走を実施。

皇居往復10キロ+皇居周回4周。

27.21 24.52 25.57 22.27

最終周は、女性を含む早い集団に引っ張ってもらって、なんとか22分半をきることができた。

これで、つくばを走る腹づもりがようやくできた。

本当は、延期になった駅伝の日程がかぶっていたので、少し迷っていた。

たぶん、自己記録の更新は無理だが、なんとかチャレンジしてみよう。

今年は、東京の紅葉は早い。普段よりも半月ぐらい早い感じ。

銀杏は未だ青いけど、ポプラや桜はもうかなり赤や黄色で今が見ごろという感じだ。

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2010年10月31日 (日)

10月のラン

10月の走行距離:216キロ。

いちおう200キロはオーバーしたが、うち、71.5キロはハセツネ。

今日は、予定されていた駅伝が台風で延期。

スピード練習もできてない。

まともな、ビルドアップが全然走れていない。

11月末にはマラソンもあるのだが、鍛錬不足は否めない。

来月は、極力走行距離を延ばして、練習の延長としてマラソンを走ることにしよう。

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2010年10月15日 (金)

ハセツネ詳報

前日、かなりの雨。当日の予報も夕方まで雨。

暗い気分で荷造りをし、ウェアは長袖、CWXのロングタイツに決定。

しかしながら、現場についたら雨はほとんど上がり、厳しい日差しが照りつけてきた。

いまさら、着替えなおしも大変なので、そのままの姿で開会式に参加。

スタート地点の気温はなんと27度。

スタートの列はゴール予定時間ごとにプラカードがたっていて、最後尾は20時間以上。

ちょっと考えたが、一応16時間の列に並ぶ。渋滞するならやや前のほうが有利か。

だが、オーバーペースで入りすぎると後がきついだろうな。

審判委員長の説明で、エイド不可。水すら他のランナーにもらっても×。自動販売機で飲み物等購入すると失格というようなルールを始めて認識。厳しい。

開会式が終了し、13時スタート。スタートロスは3分程度。今年は制限時間はグロスで判定されるそうだ。

廣徳寺の上で、山道に入ったとたんに渋滞。ほとんどストップ。

隣のベテランのおじさんが、「こんなところから渋滞するとは・・」といっている。

変電所前から突如走りだす。ここから今熊神社までは道路を走る。

山道に入ると、結構なペースで上っている。

今熊山の頂上からくだりにはいり、みんな走り出す。でも、少し上りになるとすぐにストップ。渋滞がなお続く。休憩できてよいのだが。入山峠の階段は大渋滞。

今回の食糧の準備、カーボショッツ2、パワージェリー6、パワーバー3、カロリーメイト1、ソイジョイ1、アミノバイタルゼリー1、レーズンパン小5個(うち消費せず、パワーバー2、カロリーメイト半分、レーズンパン3個)

水は、ポカリスウェット2リッターをハイドレーションに、0.5リッターをペットボトルのまま携帯。

気温が結構高く、少しづつ消耗感が出てくる。スタート2時間前におにぎり3個とバナナをたべたのだが、スタート後2時間程度で空腹感もでてきた。

パワージェリーでごまかしていたが、醍醐丸を過ぎたところで座って、パワーバーを食べる。まずい・・・。これは失敗。

三国山の前あたりから暗くなってきた。とりあえず懐中電灯を取り出す。少し雨がぱらついてきた。寒冷前線の通過か。遠くで遠雷が鳴っている。

三国山でヘッドライトを装着。ウィンドブレーカーを着込む。雨がかなり激しく降ってくる。

第一関門まであと3キロだが、この3キロのくだりが長かった。

ぬるぬるのくだりでは渋滞が発生。

なんとか、浅間峠の第一関門に到着。5時間33分。この状態で試走から30分程度の遅れはまだましな方だろう。

しかし、相当、消耗している。倒木に座って、アミノバイタルを食べる。気になっていた、ハイドレの水を調べたが、まだそれほど消費していない。もっと飲んでもよいぐらいだ。

しかし、まだ、50キロもあるのだ。ハセツネは厳しい。

よろよろと坂道を登りだす。登りもぬかるんで足をとられるところが多い。

ここから、ストック可なので、3割ぐらいのランナーがストックを使用している。自分は持ってないし、下手につかうと危険そうなので装備していない。足をとられるところは少しは役に立ちそうな感じではあるが。

途中、木立の中で、枝でまぶたを強打。少し痛いが、何とかなるレベル。

平地ないしは下りは走り、登りは歩くようにするが、なかなか距離が稼げていないように感じる。笛吹峠の先で30キロ地点を迎えるが、未だゴールまでフルマラソン分。つらいレースだ。

もう、二度と参加しない。参加しなくていいように、絶対に今回完走しようと、心に誓う。

登りも下りも、ぬかるみに足を取られるので、通常と比べて相当にエネルギーを消耗している気がする。雨はこのあたりから少しづつやんではきたが。思えば、このあたりが精神的には一番つらかったような気がする。

ハンドライト:ジェントス閃150ルーメンがあまりにも明るいので、ヘッドランプ:ミオXP85ルーメンが暗く感じる。で、途中、うっとうしいのもあってヘッドランプをはずすが、単独走行が多くなった槙寄山以降、周囲が暗く感じたので、帽子を脱いで直にヘッドランプを装着。ちょうど雨もやんでいた。

このあたりから、平地を走るのもすこしづつ苦しくなってきた。一方、三頭山の登りに入ると、よく整備されているのか山道のぬかるみ状態が相当ましになった。雨が上がって、一時、風が強かったが、すぐに収まり、最後まで、寒いとは感じなかった。

大沢山からいったん下って上りなおすのがややうっとおしかったが、なんとか三頭山に到着。ベンチに座って大休止した。ちょうど、9時間を過ぎたぐらいだ。

おなじベンチで休んでいたランナーが、「半分過ぎましたよ」と教えてくれた。そうか、この倍だ。しかも、最高地点なので、あとは下りが主体だ。なんとか20時間も切れるかもしれない。ペットボトルのポカリをハイドレに移す。補給地点まであと、2時間ぐらいだから、水もなんとか持つだろう。

鞘口峠までのくだりで、足を滑らし、右手首の内側を強打。血が滲み出し、腫れている。

不覚にも絆創膏をもっていない。鞘口峠でオフィシャルからもらって貼り付ける。

鞘口峠からの登りなおしはたいしたことはなかったが、第二関門の月夜見山の駐車場までのだらだらの尾根道はかなり遠かった。途中、車道を通る部分もあった。

最後に車道から駐車場に入る。照明に照らされた第二関門は、朦朧とした頭ではなにかSFの世界のようにも感じる。スタートから、10時間55分。

とりあえず、救護所に行って、消毒と絆創膏の張りなおしをしてもらう。寝ていた女医さんに、起きてもらった。ゴール後、腫れが続いたり、動かすと痛むようなら、医者に行くこと。「やっぱり、ゴールまで走るんですね。」と言われて、「なんとか、行ってみます~」と答えた。

そのあと、ハイドレにポカリを1.5リッター補充。グランドシートに座って、レーズンパンを食べる。午前零時。非日常的状況が続いている。

星がきれいなので、眼鏡をかけてみた。オリオン座がすぐ手の届くようなところに鎮座している。カシオペアの周りには、東京からはとても見えない、無数の星たちが群がっている。美しい。こんな、バカなレースに参加しているリワードがこれなのかも知れぬ。

大河内峠までは、笹の生えた気持ちのよい尾根を走る。そこら辺で、横になって眠っている人が、転がっている。銀ピカのレスキューシートをかぶって本格的に寝ている人から、単に寝転んでいる人まで、さまざま。

御前山の登り、かなり上の方まで、ヘッドライトがきらめいて、「そうか、あのあたりまで登るのだ」とよくわかる。ちなみに、ザックに反射板を張っている人は多いのだが、腕や肘、膝等にも張っていて、スケルトンのように見える人がいたりしておかしい。

御前山から、オオタワに下る。下りは意のある人が入れば、その人を先頭に走る。そんな状況。しかし、ついていけない。

オオタワの少し前。さすがに眠い。頭痛くなってきたので、スペースのあるところで休息。ソイジョイを食って、しばらく横になる。が、眠れるわけもなく、5分後スタート。

大岳山の近辺は岩場もあって、急峻。下りで足をすべらせ、お尻をしたたかに打った。この痛みは今でも残っている。

下りきると、御岳山の登りになり、綾広の滝。水を補充したかったが、かなりの行列。このままだと30分以上かかりそうだったので、見送りにした。その後、かなり幅広の道を御岳山まで、ほぼ下りで進む。

ほとんど、走れなかったが、後続の若者たちについていき、途中水場で水の補充等を行いながら、15時間51分で、なんとか御岳山に到着。朝の5時ごろで、明るくなってきた。

ここからは下り主体で、御岳山のみやげ物街を下り、やや登って、日の出山に到着。ここで、ヘッドラップ等を収納した。

日の出山は、まさにもうすぐ日の出というような感じで、東の空がオレンジ色にかがやいていた。相模湾や東京湾まで見える絶景。しかも、もう、こらからは登りは無い。

階段の道を下る。膝上が相当ぐらついてつらい。なんとか走ろうとするが、長続きしない。後ろからどんどん抜かれていくが、それほど気にはならない。もう、ゴールは近い。

いやになるほど、下って、後2キロの標識。コンクリートの坂道がやがてアスファルトになり、街中に入る。最後のコーナーを回って、ゴール地点。

たくさんの人たちが、相手かまわず拍手してくれていた。

ゴール。18時間20分40秒。

いちおうの目標の20時間は切れたようだ。

40代以上は、遠くの中学校の体育館が荷物置き場なので、そこまで歩いて、ゆっくりゆっくり着替えをした。膝から下は、泥だらけだ。スペアの靴を持ってきていてよかった。

その後、ゴール地点にもどって、お振る舞いの(具のほとんどはいっていない)豚汁とともに、ビールを飲んだ。そして、特設の足湯を利用させていただく。

こうして、長い長いレースは終わった。

18時間71.5キロを走りきった満足感を少し感じた。まあ、やればできるのだなと。

確かに、気力を維持して、体を動かし続けることが完走の条件のように思えた。

さすがに、寝ていないので、武蔵五日市で電車に乗ったとたんに爆睡状態だった。

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東京マラソン落選

さすがに、落選だった。

4年連続、当選していたので、無理もないと思う。

落選を確認してすぐに、板橋(荒川)マラソンに申し込み、無事、エントリーできたのは、不幸中の幸いだった。

今シーズンの本番レースは板橋。

暑くならなければ、よいのだが。

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2010年10月11日 (月)

ハセツネ完走

ハセツネ。なんとか完走。

タイムは18時間20分40秒。

正直、つらかった。

何せ、結構大変な第一関門までいっても、残り50キロ。

その先の30キロ地点までいっても、残りフルマラソンの距離。

一息ついたのは、中間点を過ぎた三頭山ぐらいか。

その後は、眠気からくる体の倦怠感。

疲労の蓄積による、膝、足のよれよれ感。

最後は急坂で、膝が限界状況になる。

正直、走っている間は、

「もう二度と走らない。そんな気にならないよう、絶対に完走しよう。」

と、思い続けていた。

しかし、さすがにこの距離とオーバーナイトの過酷さから、完走後は、相当な達成感があった。

来年は走らないと思うけど。たぶん。

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2010年10月 9日 (土)

明日はハセツネ

冷たい雨が降っている。

明日、午前中に上がるとの天気予報。

地面はぬかるんでいるのだろう。

どうなることやらわからないが、とにかく出走し、完走をめざすのだな。

明後日の夜明けを目指して。

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